犬神サアカス團:堕天使のブルース<後編>~私の谷中墓地(その19)
犬神サアカス團の単独公演『堕天使のブルース』のレポートの<後編>。
「次は明兄さんに訊きたいと思います。
今年の抱負だよ」
「犬神明です。♪魂こがして~」
ウソ…本当は歌っていません。
「今年の抱負か…。
さっきONOCHINさんが言ったように、今科学の進歩が大変なことになっている。
生まれてこの方35年だけど、多分自分にとっては今が一番大きな変革期なんじゃないかな?と思います。
特にクリエイター、イラストレーター、画家や音楽家など、この言い方もAIによって大分変わるんだろうけど、もう否定してもどうしようもない。
科学的、技術的に絶対に進歩していくことと共存するしかないですね。
AIで生成した音楽は多分これからドンドン出てくると思うし、止まらないと思うし、スゴいことになっていくと思う。
それを否定して『そんなのダメだよ』って言ったところでドンドン出てくると思う。
だから我々の抱負としては…イヤ、今年の抱負どころかココから先の人生の抱負としては、AIに出来ないことを提供していかなくちゃいけないということだね。
それこそハートだとか、やっぱりこの演奏の熱さとか、楽器を弾いた感じとか、ナマで歌っている感じとか、AIはまだそれに勝てないと思う。」
凶子姉さんとAIが出来ることについての談義が続いた。
チョット私から言わせてもらうと…AIでナンでもカンでもできるようなイメージが最早あるけど、「何でもできる」ってのは実はツマらないものなんだよ。
どうしても出来ないことがあって、それでも何とか実現しようと人間が知恵を絞ったり鍛錬を重ねるからこそオモシロイものが出来上がるワケ。
明兄さんが説くように、「AIを駆使して何を作るか」ということが肝心であって、早くもエンターテイメントの世界行き詰っているように私には見えますよ。
スマホを見ていると百貫デブがプールに飛び込んで津波が起きたりするような、様々な荒唐無稽な動画が流されて来るでしょう?
はじめは「アラ~」と思ったにしても、本物でないことがわかっているので2回目はもう全くオモシロくない。
それに雨後のタケノコのようにそれをマネした動画が引きも切らず送られて来るのが実にうっとうしい。
また、そうした動画は「本当にやっているのかしらん?」ということばかりが気になってしまって、やっぱりオモシロくない。
映画とか映像に関して言えば、どのようにして人力でリアリズムを追求しているのかが興味の湧くのであって、AIを使ってホンモノらしく見せているモノはやっぱりツマらないし、そもそもバカバカしいことこの上ない。
昔はAIなんかなくても、良質な脚本や魅力的な音楽、そして俳優の高度な演技力で作品の娯楽度を高めていたんだね。
溝口健二とか成瀬巳喜男、黒澤明の映画を観てごらんなさい。もちろん小津安二郎でもいいよ。
そうした人たちの偉大すぎる仕事にAIなんかが敵うワケがない。
こっちは「人間」なんだから!
つまり、これからは受け手側の知的レベルが試されていく時代になると思いますよ。
もし民衆の知的レベルが上がることがあるとすれば、それは過去に戻る時だと思う。
今日はせっかくだからその3人のおススメ作品をココに挙げておくか。
①『西鶴一代女』…井原西鶴の『好色一大女』を翻案した溝口健二の代表作。まぁ~、とにかくオモシロイよ。緊張感あふれるカメラの長回しもスゴイ。
②浮雲…林芙美子の原作。監督は成瀬巳喜男。規格外のヒドイ話。それでいてものすごいリアリズム。暗さ&絶望度1000%。そのヒドさの根源を演じたのは<前編>に出て来た森雅之。
③蜘蛛巣城…シェイクスピアの『マクベス』を黒澤明が翻案した作品。
最後の方で主人公の「鷲津武時」が矢を射かけられるシーンは、リアリズムを徹底するために成城大学の弓道部員が本当に武時を演ずる「三船敏郎」に向かって矢を放って撮影した。
三船さんは少々酒癖が悪く、酔っぱらうと黒澤さんの家の外まで来て「コラ~!あんな危ないことをさせやがって!」と何度も怒鳴り散らしたことがあったそうだ。
三船さんはそれほどコワかったろうし、だからこそあんな映像を撮ることができたんだね。
AIにはこんなマネは決してできまい。
明兄さんが言うように、これから生きて行く上でITテクノロジーとの共存は避けられないだろうけど、決して古いモノを切り捨ててはいけないと思うね。
「新しいモノだけがよいモノ」なんてことは絶対にあり得ない…とジジイは思うよ。
ま、こんなブログをやっていてこんなことを言うのは天に向かってツバを吐いているようなものだということも十分に理解しておりますです。
「こんな重大な体験ができると思わなかった。
そういう意味でも生きていてすごくヨカッタと思いますね。
生き物や恋人を可愛がるとか、そういう人と人のふれあいみたいなところをこれから作る作品でも強調していこうと思います。
どう?動物を愛しむ心とか?」
「そう。敦くんの影響でアレが好きになってきたね。
今日はニャンニャンニャンの日です。
あつしくん大好きのニャンニャンニャン!」
…ということでネコ耳をつけて「化猫遊女」。
ヘヴィなリフに乗って各人のソロがフィーチュアされる。
凶子姉さんはドスのきいた声で化猫遊女を演じきった。
この「化猫遊女」というのは、元は品川宿を舞台にした「黄表紙」なんだってね。
チョット調べてみると、「化け猫」を取り扱った小説や映画ってものすごくたくさんあって、その中でも以前ココで紹介した入江たか子の「怪猫シリーズ」なんてのは特に人気が高かった。
『猫目小僧』なんてマンガもあったし、『怪猫トルコ風呂』なんて映画もあったようだ…コレは観てみたいな。
「カンヌ映画祭」に出品した1968年の新藤兼人の『藪の中の黒猫』という猫がらみの作品もなかなかヨカッタですよ。
コレはアメリカでも公開された。
さぁて、ジワジワと盛り上がって来て「栄光の日々」で大騒ぎ!
凶子姉さんのいつも通りのノリノリの歌いっぷりに…
ONOCHINのシャープなギター・ソロ。
やっぱりこの曲は盛り上がる!
ONOCHINのMarshallは「JCM800 2203」と「1960A」。
それに1x12"コンボの「ORIGIN50C」だ。
そこへもってきて「カンフートーキョー」をブッ込んだ!
ゴキゲンなリズムが叩き出されて…
客席はもうダンス・フロア状態。
明兄さんの愛用のドラムキットはNATAL(ナタール)。
もちろん定型のフリもみんなバッチリとキメた!
この曲は本当に楽しいネェ。
「さぁ~みんな、MCタイムです。
疲れた人は座ったり、水分補給をしたりしてください。
今日はチョット暑いね。みんな、脱げるモノは脱いだりしてね。
後で外に出てヒヤッとして風邪ひくみたいなことがあるかも知れないからサ。
次のメンバーMCは私がやりたいと思います。
今年の抱負なんですが、この4人になってから今年で5年目。
みんなメンタルが安定しているからすごくいいんですね。
やっぱりメンタルが不安定でイライラしたり、すぐ人のせいにしたりとかする人がいるとイヤじゃない?
そういうのがいないから安定してます。
なんか雰囲気がすごくいいんだよね」
「大事なことですね。
私生活はいろいろあるかも知れないんですけど。
でもグループLINEにしても、みんなで会う時にしてもだいたいみんな協力的で、穏やかで、やっぱり余裕がある」
「最近知ったんですけどみんな逆ギレって知ってる?
私、結構正論で詰める時があったんだよ。
そしたらだいたい逆ギレされて、なんかコッチが悪いみたいになってたから。
で、大人になったから赤ちゃん言葉で言うようにしたの。
そしたら…逆ギレされるよ!アハハ!
結局、正論をぶつけると逆ギレされるの。
その点、このメンバーは正論を言う必要がないからね」
モラハラやらコワい人の対処法とか色々な話に触れて…
「今年の抱負はメンタルを安定させて、『はんなり』とした京都の人の技を取り込む。
皆さん、今年もどうぞよろしくお願いします!
楽しい時間はアッという間で残り3曲です。
(客席:エエエエ~!)
さぁ~、その気持ちを一緒に歌おうじゃないか!」
「ロックンロール!」
犬神ショウ後半の定番曲「暗黒礼賛ロンクンロール」。
超おなじみの歌詞、メロディ、そして演奏。
もはやコレを聴かなきゃ犬神サアカス團のライブに来た感じがしないんじゃない?
台に上がってのギター・ソロはこの曲のONOCHINのルーティン。
今日はネックを揺さぶってダイナミックにビブラートをかけて見せた。
そのまま続けて犬神サアカス團のお帰りのテーマ・ソング「虚像の誓い」。
敦くんのソロもビシっとキマった!
犬神ビートに心地よく乗せたメロディにムダは全くない。
さらに続けて本編を締めくくったのは…明兄さんの血気あふれるドライビング・ビート!
今日も力強く凶子姉さんが人様の宝物をガラクタのようにバッサバッサと切り捨てる「たからもの」!
ハート溢れる気分爽快な1曲で『堕天使のブルース』がビシっと仕上がった!
これにて本編終了。
先日、ある人のピックを探していたらこんなのが出て来た。
ナンでコレがウチにあるのかがわからない。
だって、コレは犬神サーカス団の15周年を記念して作ったピックじゃん?
ということは2009年ぐらい?
私が犬神サアカス團に出入りさせてもらうようになったのは2013年からなんだよね。
道で拾ったのかナァ?
さて、アンコールはいつも通りの「かわいい音頭」から。
「♪カワイイ、カワイイ」
「♪モッテモテ~」
みんなとても楽しそうだ。
ココで物販の紹介と次回のライブのお知らせ。
次回の単独公演のタイトルは『花、地獄に咲く花』。
4月26日…ウチの39回目の結婚記念日は犬神サアカス團か。
めでたいわ~。
アンコールで演奏したのはまず…
「スケ番ロック」
パワフルに暴走をキメて…
「命みぢかし恋せよ人類」
明兄さんの指揮ぶりも鮮やかに…
この日の演目をすべて終了した。
「どうもありがとう!」
ナンカ今日の演奏はいつになく迫力があったな。
イヤ、ナニかの加減でいつもよりハートが込められていたのかも知れない。
AIなんかに負けるな!そして使うな!
ガンバれ犬神サアカス團!
あ!そういえば、幟とバックドロップ。
あまりの熱演にスッカリ忘れていたわ!
そんなもんです。
犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒犬神サアカス團公式ウェブサイト
<おしまい>
☆☆☆私の谷中墓地(その19)☆☆☆
コレ、懐かしいでしょ?
調べてみると1953年から1974年まで使われていたようだ。
1974年?もっともっと早い時期に見かけなくなったように思う。
この百円札が普通に流通していた頃、頃駄菓子屋に行くと最も安い商品は1円とか2円だった。
100円の価値は大きく、紙幣であっても全く違和感を感じなかった…ということを当時はついぞ考えたことがなかった。
お札の中のヒゲじいさんは「板垣退助」。
「自由民権運動」を推進した土佐出身の明治の元勲だ。
今「たいすけ」なんて言うと完全に「タイム・スケジュール」だよね。
明治15年(1882年)、岐阜で遊説中に暴漢に襲われ(岐阜事件)、側近に抱えられて起き上がり退助は「吾死するとも自由は死せん」と言った。
「板垣死すとも自由は滅びず!」ってのを学校の歴史の授業で習ったでしょ?
さて、下は乙3号にある「小室信介」という宮津出身の自由民権運動家のお墓。
コレ、写真が曲がっているワケではなくて、傍らの木の根っこがせり上がって墓石が斜めになってしまっているの。
誰か直してやりゃあいいじゃね~か。
ホラ、こんなに傾いている。
墓石の側面には信介の業績が刻まれている。
この人が小室信介。
小室は岐阜事件の後、同じ岐阜で大きな演説会を開き、それに「板垣死すとも自由は滅びず」という演題を付けた。
つまり、「板垣死すとも…」というのは、正確に言うとこの小室信介が作った標語らしい。
イヤ、わかんない。
少し調べてみたのだが、色々な説があるようなのだ。
そんなことより…
「板垣死すとも…」を学校の歴史の授業で教わった時、このセリフは退助の今際の際の言葉だと思ったでしょ?
ドラマティックにこのセリフを口にしてガクッと逝った…と。
私もそうとばかり思っていた。
違うんです。
退助さん、この時に死んでいないんですよ。
当時医者だった「後藤新平」の治療を受けて幸運にも生き延びることができた。
ところが…それから後、37年にわたって本当に死ぬまで不遇の時代を過ごしたのだそうだ。
雨漏りがするような三谷あった借家に住み、家賃を払うこともできなかったという。
そして大正8年(1919年)、風邪をこじらせて肺炎に罹り83歳で亡くなった。
ある人が間に入って天皇陛下から2万円を下賜してもらわなければ葬式も出せなかったらしい。
ま、言っちゃ悪いけど岐阜事件で名言を残してそのまま逝っておけばカッコよかったのに…と多くの人が思ったのではなかろうか?
少なくとも「山田風太郎」はそういう風に言っている。
お正月と言えば…♪チャンチャラチャラチャララン、チャンチャラチャラチャララ~ンでしょう?
この「春の海」を作曲した盲目の天才箏曲家、「宮城道雄」のお墓が乙4号にある。
中世から近世にかけて琵琶法師や按摩、鍼灸などを生業とした剃髪の盲人の総称を「座頭」といった。
「市っつぁん」は座頭だから「座頭市」だ。
その座頭の最も地位の高い人のことを「検校(けんぎょう)」と呼んだ。
宮城道雄はその中でも「大検校」と称されてとりわけ高い地位にいた。
「検校」といえば、井上ひさしの戯曲『薮原検校』。
とんでもなく悪い座頭が悪事の限りを尽くして金を積み、検校の座に上り詰め、最後は「柳橋」で自業自得の死を迎える…という話し。
「親の因果が子に報い」ってヤツでね、私は戯曲しか読んだことがないけどオモシロかった。
ちなみに井上ひさしの戯曲を専門に上演する劇団「こまつ座」の事務所はその柳橋のマンションの1室にあるんよ。
これが宮城道雄。
とてもカッコいいじゃないか。
琴というのは普通弦が13本なのだが、道雄はそれに4本の弦を追加して「十七弦琴(じゅうしちげんごと)」を開発した。
琴ってどう数えるのか知ってる?
「張(ちょう)」とか「張り」、あるいは「面」って数えるんだよ。
ところで、1939年の今井正監督の映画に『われ等が教官』と作品があるらしい…「らしい」というのは観たことがないからなんだけど、若き日の高峰秀子が出演していて、琴を演奏する短いシーンが出て来るそうだ。
そのシーンのためにデコちゃんは宮城道雄のところに習いに行かされた。
ところが…「吉田茂」より稼いでいたトップ女優のデコちゃんですら「宮城道雄」といえば、仰ぎ見るような雲の上の存在だったそうだ。
「ナニもそんな超一流の人のところへ習いにいかなくても…」と、さすがのデコちゃんも大いに緊張したそうだ。
今ならAIで処理するところだろうが、昔はこうしてリアリズムを追求していた。
だから昔の映画ってのは出来が良いのだ。
この時のことが高峰秀子の自伝『わたしの渡世日記』に記されている。
この本はとてもオモシロイです。
表紙のデコちゃんのポートレイトはお友達の「梅原龍三郎」の作品。
高校の修学旅行の時、母が「大原美術館に行くなら梅原龍三郎はちゃんと観て来なさいよ!」とアドバイスをしてくれて、その言いつけ通りチャンと観て来た。
1955年、内田吐夢が監督した『自分の穴の中』というキテレツなタイトルの作品がある。
原作は石川達三。
家内が月丘夢路のファンで、「月丘さんが出ているなら…」ぐらいで観てみたんだけど、コレがなかなかオモシロかった。
で、ビックリしたのが、宮城道雄が大きなコンサートで自作曲を演じるシーンがあって、その曲がスゴくカッコよかったのです。
内田吐夢は『限りなき前進』などで戦前から活躍する名監督だけど、私は『飢餓海峡』ぐらいしか観たことがない。
でも、「甘粕正彦」に関する本を読んでいて内田吐夢が出て来たのには驚いた。
甘粕正彦は他の記事に詳しく書いたことがあったが、関東大震災の直後、無政府主義者の「大杉栄」とその妻「伊藤野枝」、そしてたまたま一緒に居合わせた6歳の甥を扼殺した憲兵大尉。
ベルドリッチの『ラストエンペラー』で坂本龍一が演じていた人ね。
この人はそうして3人も殺害し、禁固10年の判決を受けたにもかかわらすたった2年半で出所。
その後、『満洲映画』という国策映画会社の役員として満洲に渡った。
その時、ドイツに行く原節子は大連に向かう船の中で甘粕正彦と一緒になった。
「甘粕」なんて珍しい名字なので、原さんはすぐに「あの人殺しだわ!」とピンと来てビビったそうだ。
そして敗戦時、甘粕は満洲の地で青酸カリを服用して自殺を図った。
その倒れかかる甘粕をガっと膝で受け止めたのがその場に居合わせた内田吐夢だったという。
ドワッ!荒れてるナァ~。
コリャかなり長い間ほったらかしにされているゾ。
「石原純(いしはらあつし)」という大正時代の理論物理学者のお墓。
このお方が石原さん。
ヨーロッパへ留学してアインシュタイン他のもとで学び、大正8年に「相対性原理の万有引力および量子論の研究」という論文で「学士院恩賜賞」を受賞した…知らんけど。
日本にアインシュタインの「相対性理論」を紹介した人とされる。
いかにも数学とか物理が好きそうな顔だナァ。
かと思うと伊藤佐千夫に入門し、「口語短歌」なる自由律の短歌を推進した。
妻子のある身でありながら、またこのルックスにもかかわらず「原阿佐緒」という女流歌人に入れ上げてプロポーズし続け、「望みなし」と知ると自殺未遂事件まで引き起こしたらしい。
「左卜全」の異母姉の「三ヶ島葭子(みかじまよしこ)」という女流歌人のとりなしで最終的には同棲まで漕ぎつけたという。
どうなってんだ?
また、石原さんは「西田幾太郎」の師匠でもあるそうだ。
場所は替わって東銀座。
晴海通りと昭和通りの交差点を少し新橋に行ったところに「改造社」という古い本屋がある。
現在はアチコチに店舗を持つ小売りの書店となっているが、大正8年から昭和30年にかけては『改造』という社会主義的な評論を多く掲載した総合雑誌を刊行していた。
『改造』は評論だけでなく、谷崎の『卍』や志賀直哉の『暗夜行路』などを連載し、「中央公論」の向こうを張るその時代の日本を代表する一大雑誌だった。
その改造社が大正11年にアインシュタインを日本に招聘した。
講演も含め、その際に通訳を務めたのが石原純だった。
かつては師弟関係にあったからね。
かのアインシュタインもこういう席が楽しかったのかね?
でも、尻の下を見てください。
本当に西洋の人って直に床に座ることができないんだよ。
以前、マーシャルの社長が来日して記念品として「Marshall GALA」の出演者に配るミニ・アンプにサインを入れてもらったことがあった。
結構な量があって場所を取るので、公共の施設の畳の部屋を使った(そこしか空いていなかった)。
もちろん正座はムリ…ゼ~ッタイにできない。
で、胡坐(あぐら)をかいて座らざるを得ないんだけど、何しろ3分と持たない。
「グォオオオ!」とか言って3分に1回は足を伸ばさないと、足を曲げていることにとても耐えられないのだ。
わかっちゃいたけど、あの堪え性のなさには驚いたわ。
ま、私も正座はほとんどできないけどね。
「浅利家」のお墓。
「劇団四季」で「浅利慶太」ばかりが有名だけど、お父さんの「浅利鶴男」もエンターテインメント界で活躍した人だった。
大正13年、「小山内薫」らとともに有名な「築地小劇場」を立ち上げる。
「五所平之助」の『初恋』という作品で映画デビューし、後の浅草の「国際劇場」の支配人となり、こけら落としでチャップリンを招聘した…って言うんだけど、国際劇場がオープンしたのは1937年で、チャップリンが2回目と3回目に来日したのが1936年だっていうんだよなぁ。
コレはどういうことか?
ちなみに1932年、チャップリンが船で初めて神戸に来た時、「五・一五事件」が勃発し、コリャえらい時に来ちゃったナ」と言ったとか。
そりゃ一国の元首とも言うべき総理大臣(犬養毅)が暗殺されちゃったんだから「エライ時」だったには違いない。
お墓には二女で女優だった「浅利陽子」と「浅利マリエ(浅利慶太の妻)」も合葬されていて、3人を称える碑が添えられている。
また、浅利慶太の芝居に対する一文の碑も設置されている。
次、明治時代の法制官僚(政府が国会に提出する法案や政令を審査する)にして政治家の「村田保」のお墓。
墓石には「水産翁」と刻まれている。
水産業には「大日本水産会」という団体があって、水産に関わるあらゆる業種の会社を会員とし、マルハニチロ、ニチレイ、ニッスイ等々、今でも400の会員を抱えて活動している。
保はこの「大日本水産会」の副総裁を務めていた。
ゼンゼン知らない人だったんだけど、プロフィールを見て興味が湧いた。
この人が村田保。
コワそうだな~。
この人、大正3年(1914年)に時の「山本権兵衛」内閣の「シーメンス事件」が発覚すると公の場でメチャクチャ怒って山本に罵詈雑言を浴びせかけ、面と向かって辞職を強く求めた。
シーメンス事件というのはドイツの電機メーカー「シーメンス(Siemens)」と日本海軍高官との間で起こった一大疑獄事件。
今と全く一緒よ。
下が山本権兵衛。
保がかつて大日本帝国海軍大将だった権兵衛をどういうふうに怒ったのか
曰く「閣下の面貌は監獄へ行けば類似のものは沢山あると言って居ります!」。
曰く「今日小学校の児童なりといえども、閣下を土芥糞汁(どかいふんじゅう)のごとく悪口を致している!」。
曰く「不徳義千万なる卑劣漢!」。
ギャハハ!スゲエな。
「アンタ、小学生にウンコよばわりされてるぞ!」って総理大臣に向かって言っちゃった。
それに確かに悪党面といえば悪党面だ。
やっぱり今の国会もコレぐらいやらなきゃダメよ。
でも保は時の議会長だった「徳川家達」から議員法違反の注意を受け貴族院議員を辞職した。
ちなみにこの事件には巡洋艦「金剛」の建造でイギリスの「ヴィッカース」も絡んでいて、こっち方面においてはシッカリ「三井物産」が暗躍したそうだ。
今と全く一緒よ。
政治家が大企業と組んで悪事を働くのは「自然の法則」だから。
なくなることは永久にあり得ないのだ。
<つづく>
