そして、ポール・マッカートニーとか、レイ・デイヴィスとか、その辺りの人たちは間違いなくティン・パン・アレイの曲を勉強していると思う。 イヤ、きっと親が聴いていて、自然に耳に入って来たんだろうね。 ポールが15歳の時に造ったという「When I'm Sixty-Four」なんていい例でしょう。 Wings時代の「You gave me the Answer」とか。 The Kinksだって「Alcohol」とか、ロックンロールの曲でもチョット他とは違う感じがする…だからオモシロい。 ま、コレは私見だけど、ポピュラー音楽というものは、ティン・パン・アレイの時代にすべて完結していると思うんだよね。 後は異種配合と順列組み合わせとテクノロジーの進歩でココまで来たと考えている。 ま、エンターテイメントはそういうモノか?
ところで、この映画…正直言うと何度も挑戦したのだが最後まで観たことがない。 ナゼか?…ツマらないからだ! でも、この作品の存在によって、アメリカ人にとってコール・ポーターが大切な音楽家であることが理解できる。 ハイ、話題は次にイギリスのテレビの話に移りますよ~。 2002年に私が初めてロンドンを訪れた時のこと。 オルドゲート・イーストというタワーブリッジの近くのインド人街の真ん中にあったホテルの部屋に入って、まずテレビのスイッチを入れた。 その瞬間に流れて来たのは10ccの「Life is a Minestrone」。 時間は7時ぐらい。 放送局はBBC。 他の記事にも書いている通り、私は大の10ccファンゆえとてもうれしかったし、初めて訪れたヨソの国での不安を一気に吹っ飛ばしてくれた。 もちろん、昔のビデオ・クリップを流しているだけなんだけど、そんなゴールデンタイムに国営放送が27年も前のロックのヒット曲をゴールデン・タイムに放映していることに驚き、そして感動した。 「コリャ、いいところへ来たワイ」って。 その10ccのビデオの元ネタはBBCの「The Old Whistle Grey Test」ではなかったか?(調べてみると、どうも違うようだが、ココではそういうことにして強引に話を進めることにする)
ハハハ、「私がナゼBSTを辞めたか」…デヴィッド・クレイトン・トーマスのインタビューなんて出ている。 「Sabbath、Floydのツアー日程」か…。 「フランクのホット・ギグ」…この1971年のイギリスのツアーはあのモントルーの火事の後だったので特別「hot」なワケ。 「Smoke on the Water」のアレね。 そして、このツアーのロンドン公演、レインボー・シアターでファンにステージから突き落とされて大ケガを負ってしまう。 1971年ザッパ受難の年のMelody Maker誌。
さて、そんなデンマーク・ストリートの音楽出版社たちも1960年代に入ると急速に没落して行ってしまう。 ビートルズをはじめ、自分たちで作曲をするミュージシャンが時代の表舞台に立ち始めたのだ。 一方で、デンマーク・ストリートの音楽関係者は従来の感覚にしがみつき、そうした新しい才能を認めようとしなかった。 当時、ロンドンで創作活動をしていたポール・サイモンは「The Sound of Silence」や「Homeward Bound」すら「こんなもんは売れやしない」と認めてもらえなかったという。 エルトンジョンの最初のシングルにして、「名曲」としてロック史上にその名を残す「Your Song(僕の歌は君の歌)」がデンマーク・ストリートで生まれたことはよく知られている。 エルトン・ジョンは1963年当時、デンマーク・ストリートの音楽出版社に勤めていた。 ある朝、その出版社の屋上でエルトンが来るのを待っていたバーニー・トウピンが書いた詩が「Your Song」なのだそうだ。 「♪ I sat on the roof and kicked off the moss(屋上に座ってコケを蹴飛ばす)」というのがまさにそのパート。
そして、1974年の『Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy』。 エルトン・ジョンとバーニー・トウピンのこのアルバムってビルボード200史上、「初登場で1位」を獲得した初めてのアルバムなんだって? エルトンとバーニーの下積み時代を綴ったコンセプト・アルバム。 その中の「Bitter Fingers」という曲。 アルバムの中で私はこの曲が一番好き。 それにこういう歌詞が出て来る。 「bitter finger(苦い指)」というのがわからなかったんだけど、そのまま当てはめれば… 「♪It's hard to write a song with bitter fingers(苦い指で曲を書くのは大変だ) So much to prove, so few to tell you why(証明するのはたやすいけれど、説明するのは厄介だ) Those old die-hards in Denmark street start laughing(奴ら、デンマーク・ストリートのガンコオヤジが笑いすことだろう」…みたいな? やっぱりそうだったんだね。
The Rolling Stonesの1964年のファースト・アルバムとセカンド・アルバムの大半はRegent Sound Studioでレコーディングされた。 ストーンズのマネージャーのアンドリュー・ルーグ・オールダムのお気に入りで、頻繁にこのスタジオを使っていた縁だった。 ローリング・ストーンズのファースト・アルバムの成功により「Regent Sounds Studio」はその名を知られることになり、大繁盛! レコーディングだけでなく、リハーサルやデモ音源制作の場として、ジミ・ヘンドリックスやエルトン・ジョン、デヴィッド・ボウイ等々、多くの人気アーティストに利用された。
Black Sabbathの最初の2枚もRegentで録音している。
他にも、The Bee Gees、The Troggs、Slade、Tom Jones、The Yardbirds、Herman's Hermits、Brian Poole and the Tremolos、Mott The Hoople等々がこのスタジオでシングル盤をレコーディングした。 あ、The Who の『Quick One』の一部もココで録音されたらしい。