マーシャル・ブログ博物館 第7回:マーシャル・タイムマシン<その1>
これまで『マーシャル・ブログ博物館』はイギリスのMarshallの工場のミュージアムに展示してあるアイテムを紹介してきたが、前回予告した通り、今回からは趣向を変えて「マーシャル・タイム・マシン」と題して私の手元にあるMarshall関連の昔の資料を紹介していく。
ツマらなさそうでしょ~?ゾっとするでしょ~?
私もはじめはどうしようかな?…と思ったんだけど、手をつけてみるとコレがオモシロイことこの上ない!
誰も乗った経験はないであろうが、タイム・マシンに乗ったつもりで昔のMarshallや当時のロック界の雰囲気に浸って頂ければ幸いである…という企画。
そこで手始めに今回は古~い写真をサラリと紹介したい。
もう大分前の話になってしまうが、2012年にMarshall Blogを再開した直後、ウェンブリー・アリーナで「50周年記念コンサート」が開催され、その時にユックリと工場に寄る機会があった。
その時に「Marshall Blogのネタのひとつにしたいので古い写真があればゼヒ見せて欲しい」とリクエストして書庫から出して来てもらった写真たちだ。
それらを1枚1枚撮影して来たというワケ。
時折ヨソで見かける写真も含まれているので、それらをただ載せるだけではMarshall Blogの名がすたると思ってひと工夫してみた。
巻末でもう一度触れるが、実はこの企画でやりたいと騒いでいたのは今回お見せする写真についてではない。
ただその写真がキッカケでその本当に「やりたいこと」につながったので、順序立てて今回はそのビンテージ写真たちでお楽しみ頂きたい。
まずは現在のMarshallの工場の姿…と言ってもこの写真を撮ったのはもう14年前のこと。
でもマァ、変わりようがないのでご安心あれ。
ここは以前建物の真ん中あたりの場所に道が通っていて、Marshallがその道路の土地を買い上げ、両側の地所をつなげて一区画に統合した。
Marshallがこの「ブレッチリー」に引っ越して来たのは1966年のこと。
下は昔の社屋。
看板には「MARSHALL AMPLIFICATION」と掲げてあって、その下には「JIM MARSHALL PRODUCTS」という掲示が入っている。
何年ぐらいに撮った写真だろう?と思ってナニか手がかりを探すと…入り口のドアにステッカーが貼ってあるのが見える。
拡大してみると、ステッカーは下のお姉さんが着ているTシャツの柄と同じように見える。
しからば、今度はこのTシャツがいつ頃販売されていたのかを調べると…1974年のカタログに商品として登場している。
一方、1972年のカタログには出ていないので、少なくとも1974年以降に撮った写真ではないかと思われる。
ウワ~、忙しそう~!
電気部門のようす。
皆さん、ハンダごてを手にして一心不乱に基板にパーツをくっつけている。
Marshallがハンド・ワイアードからPCB基板に移行したのは1974年あたりなので、それより少し前ぐらいに撮った写真ではなかろうか?
比較的若い人が多いようだ。
それにしてもギッチギチだな~。
同じような作業をしているセクションの現在はこの通り。
ハンダごてを使っていた時代とは異なり、パーツを基盤に乗せて…
「Solder Bath(ソルダー・バス)」と呼ばれている自動ハンダ付けの機械に乗せる。
すると自動的にパーツが基板にハンダで固定される仕組み。
ココで思い出すのが2004年にスタートした「ハンドワイアード・シリーズ」。
下は発売に先駆けてMarshallが制作したブロシュア(カタログ)。
こんなの見たことがある人は日本では少ないんじゃないかしらん?
いいネェ~紙は!
今の動画なんかとは異なり、昔やっていたことはナニもかも格式が高かった。
このシリーズははじめ1x12"コンボの「1974X」と20Wのヘッド「2061X」とそのスピーカー・キャビネット「2061CX」の3種類でスタートした。
確か2004年のフランクフルトで初めて関係者に披露したハズ。
「シゲも試してみろよ!」と仲良しだった当時のR&Dのスタッフがしきりに勧めてくれたんだけど、その時は上司が横にいたので恥ずかしくて弾かなかったことを覚えている。
せっかくの「タイム・マシン」だから表4も載せておこう。
日本では発売に際し、土方隆行さんと北島健二さんのお2人に加えて東京ではFuzzy Controlに、そして大阪ではThe Savoy Truffleの皆さんにお願いしてデモンストレーション・ショウを開催した。
22年前の話。
ナゼこの「ハンドワイアード・シリーズ」を思い出すのか?と言うと…。
当時、工場にはハンドワイアリングの技術を持っている工員がほとんど残っておらず、製造が思ったようにはかどらなかった。
PCB基板に移行して30年も経っていたからね。
その状況を打破するために昔Marshallに勤めていた経験者を呼び戻し、若い工員に手取り足取りハンドワイアリングの方法を伝授したのだ。
その部隊のリーダーが「キャシー」といって、ナゼか私ととても仲良くしてくれた。
キャシーも随分若かったが、高校を出たばかりぐらいの若い男女の工員をテキパキと指導している姿を思い出す。
この頃、私は知らなくてもMarshall社内の多くの人が私のことを知っていて、工場の中を歩くとアチコチから「ハイ、シゲ!」と声をかけてもらったものだった。
ずいぶん足繁く工場に行ったからナァ。
「ん?クソッ、うまくいかんな」と悪戦苦闘しているのは2x10"バージョンの「1974」かな?
だとするとコレは1968年頃のかなり古い写真ということになる。
コレはR&Dチームかな?
何かはわからないが左の人の前にはモノモノしい試作機のようなモノが置いてある。
この時に見せてもらった写真はキャビネットの製造工程を写したモノが多かった。
木工の工程。
サンダーをかけているところ。
現在はこう。
しかし、服装がゼンゼン違うな~。
大分ユッタリとした空間。
1960年代の後半ぐらいかな?
皆さんネクタイを締めて作業に勤しんでいらっしゃる。
現在はコレ。
昔に比べると大分ゴチャゴチャしているか?
昔の人は将来こんな風にベルトコンベアで作業をするようになるなんて夢にも思わなかったであろう。
カバリングの貼り方の指導を受けている女性。
コレ、不思議なのはキャビネットの両側をはじめに貼っているんだよね~。
今とは作業の進め方が異なるのだ。
現在はまずグルっと筐体全体にカバリングを巻き付けておいて、それから余分な部分を切り落としてキレイに貼り合わせて仕上げている。
アレ?…たった今気がついたんだけど、昔は下地に黒い塗装を施していなかったんだね。
下は筐体を黒く塗る現在の一工程。
コレはステージで強い照明が当たった時に下地の白い木材が透けて見えてしまうのを防ぐためだ。
だからもしかしたらフレット・クロスと同じように昔のカバリングには現在とは異なる素材が使用されていたのかも知れない。
カバリングを切ったり貼ったりする作業。
コレが全工程の中で最も技術を要するパートなのだそうだ。
真剣な面持ちで作業に取り組んでいるでしょ?
カバリングの仕上げが最も専門性を要する作業であることは現在も変わらない。
接着剤が乾かないウチにチャッチャとカバリングを貼り付けていかなければならないので、作業が速いこと速いこと!
この手さばきを見ているとホレボレする。
この人、名前は存じ上げないが顔見知りではあるので、作業中にお願いしてカバリング作業における「三種の神器」を問うてみた。
それはハサミ、カッターナイフ、そして今彼が手にしているモノ。
この動物の骨みたいな小さめの棒でガシガシと内側の角を突っついてカバリングを密着させていく。
当然コレの名前が気になるので尋ねてみると…
「エエッ?コレかぁ?コレの名前?そうだなァ『ボーン』かな?」
だそうです。
やっぱり「骨」だった。
モノの両側に付いているモノを「耳(ear)」、下に付いているモノを「足(feet)」、洋の東西は変わっても物事の感覚に大きな違いはないものだ。
この手で一番驚いたのは、展示会などでシリーズ別に場所を離して陳列しているそれぞれのグループを「島(island)」と呼んでいたことだな。
カバリングを貼り終わってこれからシャシやスピーカーを搭載するってところか?
一番手前で「1987」かなんかをイジっている人が若き日の「ケン・ブラン」に見えて仕方ないんだけどどうだろう?
昔はジムも工場に入ってカバリングの貼り付け作業なんかを手伝っていたからね。
だから時々キャビネットの内部に製作担当者として「Jim Marshall」のサインが発見されることがある。
それにしてもスゴイ人数だ。
今はこんな感じ。
コーナー・ガード他のパーツを取り付けているところ。
下はリア・パネルを閉じる最終工程。
この段階になるとスピーカーを載せ終わったキャビネットは爆発的に重量を増して取り回しが一気に大変になる。
しかも最終の工程だけに商品にキズを付けたりすることのないように取り扱いには細心の注意を払わなければならない。
若い人にこの工程の担当させるとあまりのシンドさにすぐ辞めちゃうんだって。
そうして精魂込めて作った商品を積み出しているところ。
コレはあんまり変わりようがないね。
…と、昔と今の工場の写真を対比させて記事を構成してみたのだがいかがだったであろう。
場内の様子と従業員の服装の違いには目を見張るものがあるが、とにかく50年前と変わらない手作業の工程が多いことに驚かされる。
工場の事務所で上に掲載した写真を夢中になって撮影していると、後ろから誰かが「シゲ、こんなのもあるぞ」とドバっと持って来てくれたモノが下の写真。
コレらは様々な歴史的な「マーシャル新聞」の数々で、一番古くて1971年に刊行されたモノ。
結構な量で、その時はとりあえず写真だけは撮っておいたものの、長い間ほったらかしにしていた。
それで今回の『マーシャル・ブログ博物館』を開始する当たってコレらの新聞のことを思い出し、いくつか目を通してみた。
冒頭に書いたようにコレがベラボーにオモシロイではないのッ!
Marshallの歴史や古いロックが好きな人にはきっとタマらない内容であるハズ。
だって1970年代、すなわちロックが最もクリエイティブだった時代のリアルタイムの情報が掲載されているんだから!
しかもブリティッシュ・ロックの地元からの情報だから!
でも「さすがMarshall!」なのは、イギリスだけではなくて世界中のロックの情報を取り扱っているということだ。
チラリと斜め読みをしただけでも、日本のMarshallに関して驚くべき発見をすることもできた。
恐らくこれまで日本で紹介されたことのない事実ではなかろうか。
そこで貴重な「Marshallの遺産」としてこれらの新聞を誰かが残しておくべきだろうと考え、次回からオモシロそうな箇所を抜粋して皆さんにご覧頂く予定。
コレが本当に私がやりたかったこと。
すなわち「タイム・マシンMarshall号」なのだ!
<つづく>
