田川ヒロアキ~やまぐちHappinessフェスタ2026
ココは三軒茶屋の「茶沢通り」。
この三軒茶屋と下北沢を結ぶ通りは2024年に日本から唯一「世界で最もクールな通り30」に9位でランクインしたそうだ。
そもそもそんなランキングがあったとは夢にも思わなんだ。
私としては将軍様が上野の寛永寺と浅草寺を往来する時に通ったたという「かっぱ橋本通り」の方がクールだと思うのだが…江戸の昔じゃ話にならんか。
赤坂から伊勢原の大山さんを結ぶ「大山道」の途中にあった三軒茶屋には「信楽」、「角屋」、「田中屋」という3つの茶屋が並んでいて江戸時代の中期以降にはにぎやかな様子を見せていたそうだ。
以前はこの奥のライブハウスに毎月のようにお邪魔していたのでよくこの通りを歩いたものだった。
その途中にあるのがこの「ふれあい広場」と呼ばれる公共のスペース。
存在はもちろん知っていたが、今回初めて足を踏み入れた。
山口ふるさと大使、しものせき海響大使、山口県立大学社会福祉学部客員教授、そしてナニよりも根っからのMarshallのプレイヤーである田川ヒロアキが出演する『やまぐちhappinessフェスタ206』というイベントを開催していたのだ。
山口県のPR本部長の「ちょるる」。
ヒロアキくんを指導する立場の方か?
エリア内には山口の特産品や名産品のお店がズラリ!
塑像していたよりはるかににぎやかでコレは楽しいわい。
いつか山口県の皆さんが集まる「長州友の会」のレポートに時に書いたように、修学旅行やヒロアキくん関連の案件やMarshall Museum Japanのお陰で山口県は何度もお邪魔しているのでスゴく親しみがあるのね。
「外郎(ういろう)」というとすぐに名古屋を思い浮かべてしまうが、山口も「ういろう県」。
江戸初期からあったらしい。
この日もすぐに売り切れていた。
本場スペインの大会で第1位を獲得したというパエリアも大人気。
もちろん県全体の観光案内のブースも構えている。
下はそこで配布していたパンフレット。
「田布施」の名前が出ていることに驚いて手に取った。
山口県というのは、栃木県の宇都宮市、山梨県の甲府市みたいにズバ抜けて大きな都市がなくて、
下関が26万人でチョット抜きん出ている他は上から山口19万人、宇部16万人、周南13万人、岩国12万人、防府11万人…ガクっと下がって山陽小野田が6万人と、各都市の規模がドングリの背比べなのをいつもオモシロいと思っているのです。
それでこのパンフレット。
表紙はもちろんそれぞれに名所や特産品があるからその地名が挙がっているんだけど、コレほぼ山口県の人口の上位19地区なのね。
こんなこと多分他の県ではできないないのではなかろうか?
レストランを1軒紹介している熊毛郡の「上関町(かみのせきちょう)」なんて人口2,000人チョットらしい…コレも「ドングリの背比べ」効果のひとつなのか?
それと、アレ~?
森鴎外の出身地、または長崎の「浦上四番崩れ」で知られる和紙の町「津和野」、それに「益田」はアータ、島根県ですよ~!
コレはさすがに不思議に思ってブースの方に尋ねてみた。
すると答えはこうだった。
「益田や津和野は島根の中心である松江近郊からあまりにも遠いために観光客を呼びにくいんです。そこで観光に関しては、山口県に近いその2つの地区を山口の仲間として扱っているんですよ」
何とやさしい山口県!
「山口くん」も登場!
え、名前が違う?…と思いインターネットで「山口県のゆるキャラ一覧」を参照してみたのだが見当たらなかった。
どこのキャラクターなんだろうか?
訊いてくればヨカッタ。
今日のヒロアキくんの仕事場はココ。
ステージ中央で使い手を待っているのは…
Marshall「CODE25」!
Marshallを美しい音で鳴らすことにかけては右に出る者がいないヒロアキくんのことだから三段積みを用意したいところなんだけど、住宅が隣接している地域なので爆音はご法度なの。
ステージの傍では下関から田川ヒロアキ・グッズの数々を販売。
翌日のライブや2月に予定している大コンサートのチラシが目を惹いた。
定刻通りに姿を現した…
田川ヒロアキ!
まず1曲目はイベントのオープニングの定番「Seascape」。
「君が代」につながってしまうような気がしたのは私だけかしらん?
いつも通りのハードなカデンツァから…
ノリのよいポップ・チューン「VOICE」へ。
ヒロアキくんの「ヘイ!」に合わせて早速盛り上る!
伸びやかなトーンで歌い上げるギター・ソロ。
曲の締めくくりのスキャットまでヒロアキくんらしさが詰め込まれた1曲。
そしておなじみのキメのポーズ。
まずはコレでツカミはバッチリ!
「こんにちは!田川ヒロアキです。
今年の開催、おめでとうございます!
台風が来ていましたが、何とか反れてくれてヨカッタですね」
「私は生まれも育ちも山口県の下関です。
ですので今回、お声をかけてもらえてとてもうれしく思っています。
どうぞ最後まで楽しんでいらしてください。
ところで今、私はつけている衣装は大阪・関西万博の時の衣装なんです。
下関の海をイメージしたデザインです」
…とご挨拶をして「Ave Maria」。
今日はこの小ぶりなデジタル・アンプ「CODE25」でこのオハコを演奏。
ヒロアキくんは学校の講演会などでいつもこのCODEを使ってくれているので完全に自家薬籠中のMarshallにしている。
この日も「アレ?こんなにいい音が出るんだっけ?」と、約30年もの間Marshallの仕事をしている私も耳をそばだててしまった。
「いい音」というか「ヒロアキくんのギターの音色」なんだけどね。
そう、その人の指が出す音を忠実に鳴らすのが「いいアンプ」なのだ。
そんな音色で「Ave Maria」の美しい旋律が三軒茶屋に朗々と響き渡った。
場面はガラリと変わって「銀河鉄道999」。
お客さんの元気な手拍子に乗って快調に人気曲を歌い上げるヒロアキくん!
メロディアスなソロをもバッチリ!
ココで脱線。
『男おいどん』がどうしても好きになれなかったせいか、松本零士って私は子供の頃からニガテなので『銀河鉄道999』もゼンゼン知らないんだけど、たったひとつ知っていることがある。
それは登場人物の「メーテル」のモデルとなった1人が長崎出身の「楠本高子」だということ。
下の女性ね。
この方はオランダ人とのクォーター(本当はドイツ人)。
つまりおジイちゃんがオランダから来た人なんだけど、それが誰かと言うと…シーボルトなんだね。
お隣の男性は伊予の大洲出身の「三瀬諸淵(みせもろぶち)」という人。
大変に立派な人で、日本で初めて電線を用いて「電信」の実験に成功した。
また、高子さんのお母さんは「楠本イネ」といって日本で最初の女性産婦人科医になった人。
長崎ではロシアのニコライ2世の相手をした「家永エイ」、お茶の輸出で波乱の人生を送った「大浦慶」とともに「女三丈夫」として超有名な女性だ。
ちなみにシーボルトは来日して初めて目にした「紫陽花」の美しさに感動し「オタクサ」と名付けた。
コレはシーボルトの奥さんで、高子さんのおバアちゃんだった「お滝さん」にちなんでいた。
「おたくさ」は今では長崎を代表する有名なお菓子の名前になっている。
今度『銀河鉄道999』でメーテルを目にした時にはこんな話を思い浮かべてみてね。
脱線終わり。
「先月、下関の子供たちに新しい曲をプレゼントしました。
ライブで演るのは今日がはじめてです!
下関にはといえば、すぐ『ふぐ』を思い浮かべると思いますが、その他クジラやアンコウも名物なんです」
「そういった下関の名物に関する曲です。
配信もしていますのでよろしくお願いします!」
タイトルは「フグ」、「クジラ」、「アンコウ」のカバン語を取り入れた『ふくじあんトレビアン』。
「ふぐ」をはじめ「秋吉台」、「瑠璃光寺」、「萩の町並み」「錦帯橋」、など山口県の名所をあしらった観光誘致のポスターを背中に下関の名物を熱唱!
「♪ししししものせき、ふふふふくじあん」とやる可愛らしい1曲。
コレは子供たちは大喜びだろう。
「下関のフグ」は有名だけど、クジラも有名だとは知らなんだ。
今となっては長崎だけかと思っていた。
「鯨を喰って芸を磨け」なんてのは浅草のクジラの飲み屋「捕鯨船」の有名なキャッチコピー。
ヒロアキくんもたんと召し上がれ!
ちなみに私は小学校の給食で「クジラの竜田揚げ」を頂いた世代です。
でも意外なことに1987年までクジラは給食の材料になっていたらしい。
「♪ふくじあん うまいあん すごいあん トレビアン」と楽しい言葉遊びもタップリ!
今後の活動のPRをして最後の曲に取り掛かる。
まずは無伴奏での激烈ソロ!
出番の締めくくりはマツダのレース・イベントのテーマ・ソング「翔KAKERU」だ!
圧倒的な迫力のドライビング・ナンバーで客席も大盛り上がり!
曲中でもシャープなギター・ソロが炸裂!
翼のように両手を広げて「Fly high!」
緩急取り混ぜた6曲。
下関の魅力まで発信した充実のステージだった!
そしてトークのコーナーに突入。
ステージに現れたのは…
Marshall Blogには3回目のご登場となる「山口県 長州友の会」でお馴染みの有吉さん。
有吉さんは「ナチュラルマッスル」という独自の筋肉調整メソッドを施術するお店を三軒茶屋で運営していらっしゃる。
普通の弾き方と異なるヒロアキくんの演奏スタイルは肩などの筋肉に負担がかかりやすい。
そこで「ナチュラルマッスル」でコンディションを整えてもらっているそうだ。
そしてヒロアキくんと同じ下関出身の日本航空国際便パイロットの木村さん。
この日もシカゴからのフライトのすぐ後のご参加。
日本航空も出展をしていて、紙飛行機教室で子供たちの人気を集めていた。
ヒロアキくんが中学生の時に木村さんは高校生でバンドをやっていらした。
木村さんがギターを演奏している時に初めてお会いしたヒロアキくん。
そのヒロアキくんの第一声は「音が合っていない」…だったそうだ。
「その時のことがいまだに忘れられない」という木村さん。
そんな長いお付き合いゆえ、ヒロアキくんの演奏スタイルの誕生について木村さんが紹介してくれた。
3人の仲良しトークではとどまるところを知らない!
そんな楽しいステージでヒロアキくんは全ての出番を終えた。
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano
イベントは翌日と合わせ2日開催された。
(一部敬称略 2026年10月4日 三軒茶屋ふれあい広場にて撮影)