犬神サアカス團~納涼!地獄の盆踊り<前編>
季節外れの話題になってしまって恐縮だが……それは「盆踊り」のこと。
8月末に開催された犬神サアカス團の単独公演のタイトルが『地獄の盆踊り』。
あ~、どうしようなァ、今書いちゃおうかな~。
それとも後にしようかな~。ク~ッ、悩む~!
さんざん考えた結果、今頭の中にあることは<後編>の最後の方に書くことにする。
ナニが書きたかったのかと言うと、それは「私の『地獄の盆踊り』」。
お楽しみに!
文化的に深刻な問題を提起します。
さぁ、今日もまずは犬神サアカス團の屋台村を覗いてみよう!
Tシャツやら缶バッジ…
新しい「かわいいウチワ」に写真集…エ、写真集なんてあったのッ?
アクリルスタンドに…
CDやらDVD色々。
ドンドンにぎやかになっていくナァ。
ケッコウ、ケッコウ。
客席には「死ぬまで犬っ子」の法被姿のファンの皆さん。
そしていつものオープニングSEが「アガス、アガス」と流れて…
犬神サアカス團登場!
今日の1曲目は景気よく「たからもの」だ。
犬神凶子
犬神明
ONOCHIN
犬神敦
1曲目から快適なドライビング・チューンでブッ飛ばす!
コレは個人的に大好きな曲なのです…特に歌詞が。
私もゴチョゴチョとモノを集めるのが大好きなモノですから。
…ってんでご報告。
私なんか比べ物にならないヤツがいた…しかも家の中に!
それはウチの下の子。
転職が決まって家を出ることになって部屋を片付けることになった。
♪マンガ、ゲームにカードにCD、他人が見たらゴミだけど…
冗談じゃない!誰が見ても正真正銘のゴミだらけ!
小学生の時に遊んでいたベーゴマまで出て来る始末。
スゴかったのがカード類。
そりゃ、私もカード欲しさに「ライダースナック」をドブに捨てていたのがバレてお母さんからウンと叱られたクチですよ。
でもヒドイ!(下の写真はインターネットからの借り物です)
掘っても掘っても出て来るカードの無間地獄!
単にそれらをクズ屋に出してしまうのもどうかと思い、マンガからゲームから全てブックオフに持っていた。
帰りのラーメン代ぐらいになればいいと思ってよ。
さてその鑑定はいかに…。
マンガやゲームはすぐに査定額が出たのだが、カードについては「今日中に結果が出ません」という。
どうせ大したことはないだろうから「ああ、見てもらったところまででいいですよ」と伝えると「イヤイヤ、モッタイない!」という。
「ナニ?モッタイない?」…こっちもスケベ根性を出して一晩待つことにして翌日結果を聞きに行った。
ガソリン代ぐらいになればいいと思ってよ。
結果…4万円を優に超えた。
もう十把一絡げの雑魚のアイテムは「買取り不可」とか「1センチの厚みで10円」なのだが、中には「1枚数千円」というアイテムがいくつも混ざっていた。
店員が説明してくれるには「あ~、コレコレ、もしキズがなかったら1枚で1万円以上ですよ。そういうのが何枚かありました」なんて言うでないの!
結論!
断捨離反対!モノは簡単に捨ててしまうべきではありません。
「たからもの」万歳!
「クズ屋」といえば…1961年の阿部豊の日活作品に『大出世物語』という1時間程度の映画がある。
昔、日本映画は映画館に於いては必ず2つ作品を併映していた。
たいていの場合は90分程度の作品が2本組み合わされたが、チョット長めの作品を上映する時には短い尺の作品を抱き合わせた。
上映時間を調節して客席の回転を滞りなくするためだ。
多分この「源氏鶏太」原作の作品もそんな類だったのだろう。
ところがですね~、コレが抜群にオモシロかった。
下のポスターでは吉永小百合&浜田光夫がフィーチュアされているが、コレはただのアイ・キャッチャー。
裁断クズを集める謹厳実直なクズ屋を演じる「小沢昭一」が大きな印刷会社の社長になるサクセス・ストーリーだ。
荒唐無稽のそしりは免れないが、でもそんなのカンケーねぇ。
悪い人が一切出て来ず、観ていて実に清々しい気分になる。
私は吉永小百合のファンではないが、15歳の時のその可愛さをとても上手に活用しているのと、気風のよい渡辺美佐子の演技も大いに好感が持てる。
タマにはこんな映画も良いものだ。
クズ屋映画の名作。
この映画の小沢昭一を目にしてすぐに思い出したことがあった。
私の父は大工で、中学生の頃から日曜日になると(当時の学校が土曜日は休みではなかった)レコードを買う小遣い欲しさには父の仕事をよく手伝った。
だから今でも下地のような仕上げを重視しないような所の釘を打つ速さはなかなかのモノですよ。
それである時、リヤカーを引いたおジイさんが現場にやってきて「ダンナ、ナニかありませんかね?」と父に向って声をかけると「そこにあるヤツを持って行っていいよ!」と答えた。
「クズ屋」である。
するとそのおジイさんはそこに置いてあったトタンの廃材をリヤカーに積み込んだ。
とてもうれしそうだった。
それを見た私は…若かったからでしょうな…そのおジイさんがしている仕事が社会的に正式に何と呼ばれているかが気になり尋ねてみた。
テッキリ「廃品回収業」とか何とか答えると思ったのだ。
するとそのおジイさんは明朗快活にこう答えた。
「えッ?私?私みたいのはネェ、『クズ屋』っていうんですよ!」
職業に貴賤はないことを承知した上でのことではあったが、ツマらない質問をしてしまったことを後悔した。
続いては犬神サアカス團の中でも飛び切りクールなナンバー「自殺の唄」。
「♪死ね!」
「♪死ね!」
「♪死んじまえ!」
センターの台上でONOCHINのギター・ソロが炸裂!
Marshallは死にましぇ~ん!
ONOCHINが使っているMarshallは「JCM800 2203」と「JCM800 1960A」。
双方、今となっては珍しいオリジナルのJCM800シリーズだ。
そしてエフェクト音用に使っているのが「ORIGIN20C」。
振り付けもバッチリとキマって今日も滑り出し快調そのもの!
さて「自殺の唄」の時に挟み込まれる「有名人の自殺」で歴史を勉強するコーナー。
今回は「近衛文麿」を取り上げてみよう。
近衛文麿は「近衛家」の第30代当主で太平洋戦争前の1937年からと、間を空けて開戦直前の1941年まで内閣総理大臣をやった人。
ココは荻窪。
下の趣のある邸宅は「萩外荘(てきがいそう)」と名付けられた近衛文麿が住んでいた家で、建てたのは「入澤達吉」というお医者さんだ。
達吉の奥さんは「常子」さんといって、いつかやった「中島歌子」の「荻の舎」に最年少で入塾し、「樋口一葉」の指導を受けた人。
コレはお屋敷の一部。
1940年7月19日、この部屋で「荻窪会談」と呼ばれる会議が開かれた。
出席したのは近衛文麿、東条英機、松岡洋右、吉田善吾。
その時、日独伊枢軸の強化、日ソ不可侵協定、大政翼賛会の発会についてなどが話し合われた。
すなわちこの部屋で戦争への道筋が付けられたのだという。
コレがその会談の時のようす。
そして、1945年12月17日、敗戦から約4か月後、近衛はこの部屋で青酸カリを飲んで自決した。
関連して…1956年の日活映画に『愛は降る星のかなたに』という、開戦直前から起こった「ゾルゲ事件」に深く関与した「尾崎秀実(おざきほずみ)」の家庭を描いた作品がある。
この中に「今、萩外荘で会議をやっている」というシーンが出て来る。
もちろん「荻窪会談」のことだ。
手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも出て来るけど、「ゾルゲ事件」って知ってる?
下がその中心人物の「リヒャルト・ゾルゲ」。
「フランクフルト・ツァイツンク」という新聞社に勤めるドイツ人記者として日本に潜入したが、実はソ連のスパイだったんだね。
ナニをスパイしたのかと言うと、当時ソ連はドイツと一触即発の状態だった。
やるならやってもいいんだけど、ドイツと戦い出すと東方の防御が手薄になり、もし日本がそこに攻め入って来て挟み撃ちにでもなったらソ連は一巻の終わりになってしまう。
戦争は戦う地域を広げれば広げるほど不利になってしまうからね。
北か南か?…要するにソ連は日本の動きがコワかったワケ。
そこでゾルゲは共産主義者のジャーナリストであった尾崎秀実に接近し、果たして日本はソ連に攻め入るか否か?という情報を引き出そうとした。
結果、日本は石油を求めて南へ版図を広げることを決定。
その情報がゾルゲを通じて結果的にソ連に流れることになった。
「おお!日本はこっちへ来ないってよ!そんじゃドイツとタイマン張るべ!」とウォッカ片手にピロシキとボルシチで大騒ぎ…かどうかは知らないがソ連の杞憂は一気に晴れたというワケ。
それでも第二次世界大戦で最も多くの犠牲者を出したのはソ連だったんだよね。
日本は310万人と言われているが、それは2,000万人以上、イヤ2,700万人とも言われている。
そして、結局はこのスパイ行為が露見してゾルゲも尾崎も検束されて死刑となった。
映画の中で「坂崎秀美」という役名で尾崎を演じるのは日本映画屈指の名優「森雅之」。
森さんのお父さんも情死している。
その「お父さん」とは『或る女』や『生れ出ずる悩み』などを書いた「有島武郎」だ。
ちなみに有島武郎は左翼運動に傾倒し、「甘粕事件」で知られる無政府主義者「大杉栄」の援助をしていた。
そして下の写真の左。
森さんのお嬢ちゃんを演じる16歳の「浅丘ルリ子」。
もうね規格外に可愛いの。
デビューした1955年には「川島雄三」監督の『銀座二十四帖』という作品で花屋で働くみなし子の役を演じているんだけど、後年の『男はつらいよ』の「リリーさん」をして「ナンでこうなるの?」と不思議に思わざるを得ないぐらいにカワイイ。
端切れのよいしゃべり方はリリーさんっぽいんだけど、その鈴を鳴らすような声がまた実によろしい。
ちなみに興行収入という点で「日本映画最大のスター」と言われている「石原裕次郎」が一番多く共演した女優は浅丘さんで、その数37本!
つまりものすごぐ稼いだということよ。
とにかく昔の女優さんは本当に魅力的で個性的だった。
「どうもありがとう!
それではMCをしますので皆さんお座りになって頂いて大丈夫で~す!
さて、もう8月の終わりですよ。『地獄の盆踊り』ですよ。
それで明兄さん、何で今日は『地獄の盆踊り』なんですか?」
「やっぱりサァ、思い出すんだよね、盆踊りのことよ。
子供の頃、夜に出歩いていいのは盆踊りの時だけだったんだよね。
行くとサ、クラスの友達が昼間とはチョット違う雰囲気でいるんだよね。
女の子は浴衣かなんか着ちゃって、男の子は必要以上にヤンキーぶってるんだよね。
そういう特別な夜だったワケじゃない?
その気持ちを味わいたくて、それを再現しようということですよ」
「さて、今日は私から重大な発表があります…今日、私はズッとお腹が痛いです。
最悪、途中でトイレに行きます。
今日は盆踊りで楽しむべきなんですが…そ、こ、だ、け、予めご了承頂きたいと思います」
そしていつもの口上。
「国の始まりが大和の国なら、島の始まりは淡路島」…あ、コレは寅さんだ。
「今宵お目にかけますは犬神一座の大サアカス。最後まで、最後まで、盛り上がっていくゼェ~!」
明兄さんのゴキゲンなグルーブでドライブするのは「カンフートーキョー」。
今日も明兄さん愛用のNATALドラムスで「怒りの鉄拳」をお見舞いだ!
『怒りの鉄拳』といえばブルース・リー。
コレを小学6年生の時に錦糸町の「江東リッツ」で観たことを思い出す。
近所の「日本海」という寿司屋のメニューで「アジ・サバ・イワシ」と、3つの青魚のネタを組み合わせて「ブルー・スリー」と呼んでいたのには少し感動した。
「ウッ!」
「ハッ!」
ストレートなロックビートにのった痛快な歌詞とメロディ、そしてこの振り付け。
盛り上がりは必至だ。
ONOCHINの超カッコいいリフから「天誅」。
敦くんが出す粒立ちのよい低音がグイグイ迫ってくる正統派ハードロック・ナンバー。
味わい深いサビのメロディがまた大きな魅力と来てる!
そのまま「最新型アンドロイド」へとつなげる。
ココのところ頻出のスカ・チューン。
最近のAIだのロボットだのの開発状況を見ているともうコレは未来の歌ではないね。
この曲を収録している『スケ番ロック』を発表した21年前の2005年当時はそんな今の状況など思いもよらなかったハズ。
明兄さんのご慧眼が際立つ社会派犬神サアカス團の1曲。
敦くんのベースをバックに…
ドヴォルザークをキメる凶子姉さんもロボットに見えて来た!
ところでお腹の調子の方は大丈夫なのかしらん?
今日の全員MCのテーマは「盆踊りの思い出」。
まずはいつも通り敦くんから。
「こんばんは~!
盆踊りの記憶があんまりないんですが…。
踊りが終わると神社の人が高い所からナニかを投げるんですね。
ヒモの付いた5円玉とか…それを拾って歩いた記憶があります」
ん?それって節分じゃないの?
「で、よく考えてみたらそれは節分だったと思うんです。
その投げていたお菓子は豆だったんです。
つまり…ボクは盆踊りに参加したことがなかったんじゃないかと。
盆踊りって大抵はお祭りの最後ですよね…それを遠くの方から見ていただけの気がします」
イヤイヤ、五穀豊穣や氏子の幸福を祈念して執り行われる「お祭り」とお盆に帰って来たご先祖様を踊って送り出す「盆踊り」は基本的に別物です。
場面とONOCHINのギターが替わって「カナリヤ」。
凶子姉さんの歌が染み渡る~。
2本目のゼマティス。
私もいい加減長いことロック・コンサートに出入りしているけど、ギタリストがゼマティスのギターだけを使うライブってこの日が生まれて初めてのことだった。
ONOCHINが弾いていることもあろうけど、音、イイね~!
続けて「恐山」。
シンプルなコード進行を使った犬神サアカス團らしいミディアム・テンポの1曲。
曲の後半のバンドと歌のコール&レスポンスのパートが素晴らしい。
「♪飢えたカラスが泣く夜は 村で誰か人が死ぬ」
バンド・アンサンブルがそれに答えて…
「♪ひだるい暮らしの口減らし 姥捨て山に神かくし」
「姥捨て山」が出て来たところで、コレは以前にも書いたかな?…『楢山節考』。
原作者の深沢七郎はギターの名手で…あ、書いたな。「ギターの名手」で思い出した。
それでは今回は違うことを書こう。
凶子さんが歌ったのは「姥捨山(うばすてやま)」。
コレは一般名詞で、生活の足手まといになってしまった年寄りを始末する「棄老伝説(きろうでんせつ)」に出て来る言葉。
それとは別に「姨捨山(おばすてやま)」という言葉がある。
コレは固有名詞で実際に信州にある「冠着山(かむりきやま)」のこと。
「おば/うば」の読み方がゴッチャになっていて、ま、どちらでもいいようなのだが、漢字が異なることに今回初めて気が付いた…というか注目した。
私が信州に住んでいた頃にやっていたバンドの練習スタジオが冠着山の隣の山の中にあったので、よくこの辺りには行ったのだが、「姨捨」という地名を始めて耳にした時はギョっとしたモノだった。
もちろんすぐさま木下惠介監督の1958年の『楢山節考』が頭に浮かんだ。
撮影は信州ロケどころか全く外へ出ず全編スタジオで撮影され、歌舞伎の舞台手法をそのまま取り入れたキテレツな作りで、子供の頃に観た時にはとても見ていられなかったが、今見ると実にカッコいい。
今村昌平が1983年にリメイクし、カンヌで「パルム・ドール」を受賞したが、私は木下版の方が好きかな?
坂本スミ子が役のために歯を抜いたことが大きな話題になったが、木下バージョンで主演を務めた田中絹代も歯を抜いている。
この老け役を演じるために抜歯するのは、どうも「三國連太郎」が最初っぽいようだ。
絹代さんは三國さんから紹介された四ツ谷かどこかの歯医者に行って歯を引っこ抜いたという話だ。
下はJR「姨捨駅」のホーム。
この辺りの軌道は勾配が大変に急でスイッチバック式でギザギザに登坂しないと鉄道車両が上がって行くことができない。
その急勾配を夜間に降りていく車両から見下ろす「善光寺平」の夜景は筆舌し難いほどの美しさだ。
まるで飛行機に乗って地上を見下ろしているようなのだ。
今村さんの映画も大好きなのでひとつ肩を持っておくと…この1958年の『果てしなき欲望』という作品は日本映画ではマレに見る大ドンデン返しの連続が仕組まれていて大変にオモシロい。
チャンスがあればゼヒ観てみてチョーダイ。
ONOCHINの「盆踊りの思い出」。
「こんな格好しているんですが、実は割と庶民派で団地に住んでいたんですよ…カッコいいでしょ?
その団地の前が広い公園でそこで盆踊りをやっていたんです」
「盆踊りが終わって、テキ屋が片づけ終わって…翌朝早くそこへ行くとお金が落ちているんです。
それを拾って歩くんですね。
多い時には2,000円ぐらいになった。
子供たちはみんなそれを知っていてがスゴイいっぱい集まっちゃうんですよ!
『盆踊りイコールお金を拾う』という良い思い出があります」
ONOCHINも敦くんも「踊った」という思い出がないのね?
私なんかは「東京音頭」や「ソーラン節」を踊って楽しかった記憶がありますよ。
続いての曲は「一ッ目小僧」。
犬神サアカス團の民話ネタシリーズのひとつ。
ブラック・サバスのようなヘヴィでダークな曲調が歌詞の題材にベスト・マッチする。
そして「人面疔」。
リズミカルに「幣(ぬさ)」を振り回す神主の凶子さんを…
完璧に輔弼する3人の出仕の皆さん。
犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒犬神サアカス團公式ウェブサイト
<後編>につづく
※今回『私の谷中墓地』は休載します。
(一部敬称略 2026年8月29日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORにて撮影)