THE GOOD-BYE~LIVE TOUR 2026 <前編>
去る6月から9月まで全国11ケ所に展開するTHE GOOD-BYEの大ツアーが開催された。
今回のMarshall Blogは9月6日の「清水」での千秋楽のひとつ前の横浜での公演の模様をレポートする。
ちなみにMarshallって「タイタニック号」の出発地として知られるイギリスの「サウザンプトン(Southampton)という港町から大西洋に出て、地中海を東進し、スエズ運河をインド洋を渡り、マラッカ海峡を越えた後、北上して清水港で荷揚げされるんだよ。
ヤッチンが使っているギター・アンプはそうして約ひと月かけて25,000kmの航海してやって来る。
下は舞台の奥に取り付けられる「バックドロップ」と呼ばれているステージ・デコレーション。
いつになくカラフルだ。
そのカラフルな意匠を前見頃にあしらった今回のツアーTシャツ。
後ろ見頃にはツアーの公演の地がクレジットされている。
このタイプは黒いバージョンも用意された。
もうひとつは3人のシルエットを用いたデザイン。
後ろ見頃には色鮮やかなツアー・ロゴと公演場所がプリントされた。
もちろん双方大きな人気を呼んだ。
結成43年!
定刻になり、「THE GOOD-BYE」の音楽を奏でる7人の楽師が舞台に姿を現した。
曾我泰久
衛藤浩一
そして野村義男の3人でTHE GOOD-BYE!
オープニングは1989年の9枚目のアルバム『Revolution No.9』から「Non-No Boy 」。
今回のTHE GOOD-BYEを支えるのはsourcesから…
野津永恒
加賀谷綾太郎
日高隼人
和佐田達彦
そして今回のツアーでもMarshallアンプがヤッチンのギター・プレイをサポート。
ヘッドは「JVM210H」、スピーカー・キャビネットは「1960AV」。
「Non-no Baby」でさっそく盛り上がった後は「涙のティーンエイジブルース」。
「1983年」というからTHE GOOD-BYEがデビューした年にリリースした2枚目のシングルだ。
A面ね。
客席では夥しい数のペンライトが左右に揺れ…
ヤッチンと野村さんが向き合ってギターを弾く場面ではひと際大きな歓声が上がった。
のっつのキーボーズから…
「にくめないのがニクイのサ」
コレは1984年のシングル。
衛藤さんのドラミングも絶好調!
いつも本当に楽しそうにスティックを握っていらっしゃる。
ヤッチンがMarshallから引っ張り出す音がとても魅力的に響く!
今度は1984年の4枚目のシングル「YOU惑-MAY惑」。
惜しげもなくジャンジャンA面曲を繰り出しております!
ストリングスの入ったゴージャスサウンドに…
切れ味の鋭いリズム・サポート。
和佐田さんは今回も加賀八郎さんの愛器を使用した。
この曲がリリースされた時、「YOU惑」と「誘惑」、「MAY惑」と「迷惑」とはウマいことを考えたナァと感心した覚えがある。
コレは「You may」で許可を表す表現にもなっているのか…。
危険なBeach Sideでキミを好きになってもいいですか?…「Yes, you may!」という許可?
私にはそんな経験はなかったナァ。
とにかくロックとギターの「YOU惑」しかなかった。ま、決して「MAY惑」ではなかったけどね。
ココでも接近するギター2人のアンサンブルがバッチリとキマった!
まずは4曲。
盛大な歓声がステージに浴びせかけられた。
「こんばんはTHE GOOD-BYEです!
6月から始まりましたこのツアーもいよいよ今日でラス前です。
お忙しい中足を運んでくださり、そして初っ端からこんなに盛り上げて頂きましてありがとうござます!
4年続けてツアーして、毎回色んな曲を演ってまいりましたが、今回のセットリストはかなりマニアックです。
ココから徐々にマニアの方向に向かいますからね、最後まで付いて来てくださいね!」
すると野村さんから…
「今日ココに来ている時点でもうマニアだからね!
平日の雨の日にTHE GOOD-BYEのコンサートに来るなんて相当なマニアでしょ?!」
ジャケットを脱いでギターを持ち替えたヤッチン。
「ココまでシングルのA面の曲をご挨拶がわりに聴いて頂きましたが、9月1日でデビュー43年周年を迎えることが出来ました。
当時は新人賞レースに向けてテレビ局に頻繁に顔を出したりしていたんですが、並行してファースト・アルバムを一生懸命録音していたんです。
その頃は流行を研究しているプロの作詞家や作曲家の先生が作った曲を歌うのが普通だったんですが、ボクらは最初から自分たちで曲を作って、自分たちで録音していたので83年はまさにスタジオ漬けでした。
急遽集められたメンバーでしたが、それで結束がグッと固まってひとつのバンドになることが出来たんです。
それが43年も続いたんです。
義男がよく言うけど、ホントにヘタにヒット曲がなくてヨカッタんですよ」
「ボクたちは自分のやりたいことしかやらなかったんですね。
そのおかげでファースト・アルバムから貫いてきたスタイルがあるんです」
コレはビートルズと同じ。
…というのもビートルズ以前のポピュラー歌手はエルヴィスのように「ジェリー・リーバー=マイク・ストロラー」とか「キャロル・キング=ジェリー・ゴフィン」のようなヒットソング・ライターが作った曲を歌うのが当たり前だった。
そこへ現れたのがビートルズで、「自分たちで曲を作る」という振舞いが当時の音楽ファンにとってものすごい衝撃だったのだそうです。
続くセクションでは「青春のグッバイ」を披露した。
つまり43年前に発表したファースト・アルバム『Hello! The Good-Bye』の一部再現だ。
まずは「昨日まではFunny Boy」。
野村さんが下げているのは43年前、デビューする時に作ったギター。
珍しいヤッチンのテリー姿。
続いて「思い出のLong Vacation」。
もう1曲…衛藤さんの歌で「愛 See Tight」。
最初からのTHE GOOD-BYEファンの皆さんはこの3曲をどうお聴きになったのだろう?
うれしかったんだろうナァ、懐かしかったんだろうナァ。
野村さんが「青春グッバイ」に続いてココから「大人グッバイ」に移ることを口にするとヤッチンがその頃の状況の説明を加えた。
「83年にデビューした時、義男は18、浩一くんは19、ボクは20、はっつあんは22歳でした。
自分たちで曲を作らせてもらっていたので、毎回アルバムをつくるたびに自分たちが表現したい曲を持ち寄ったんですね」
「みんな日本の歌謡曲ではなく洋楽の影響を受けていました。
義男はアメリカンなロック、はっつあんはゴリゴリのカントリー・ロック、浩一くんは尾崎亜美さん、ボクはビートルズやそのビートルズに影響を受けたアーティストたちを掘り下げていました。
そんな中でメンバーそれぞれが作って来る曲がガラっと変わっていったんですね。
次は義男が言うそんな『大人グッバイ』の曲をお届けします」
ジョージ・マーチンが言うところによればそれはまさにビートルズの『Revolver』の時期だ。
2人ともギターを持ち替えて「大人グッバイ」のコーナー。
最初の大人は「LADY」。
1988年の『ALUBUM』からのチョイス。
なるほど、野村さんの歌とギターをタップリとフィーチュアした「大人」の1曲。
続いての曲は再びのっつのウォームなキーボーズからスタート。
ヤッチンがジックリと歌い込む「CRY」。
3枚目のアルバム1985年の『ALL YOU NEED IS…グッバイ!』から。
ヤッチンのギターもふんだんにフィーチュア。
赤いストラト姿も珍しいね。
ウム、これも大人ムード~。
衛藤さんのドラムスが叩き出す軽快なビートに乗って「のぞいてFeel Me Touch Me」。
1986年、『#6 DREAM』からのシングル。
バック陣も緻密なパフォーマンスで「大人のグッバイ」ミュージックを完璧にサポートした。
リッチなストリングス。
ヤッチンもMCの中で触れていたけど、私は楽屋の廊下でスレ違った時、この黒髪にした隼人くんが本人だとは気が付かなかった!
このマッタリとした「大人のグッバイ」の雰囲気…とてもステキだった。
「次は『ジジイ・グッバイ』を聴いてもらいます
イヤ、曲がジジイなんじゃなくて、ジジイを代表する人が歌います」と野村さんが次のコーナーを紹介すると…
「ただいまご紹介に預かりましたジジイの衛藤です!」と衛藤さんのご挨拶。
ココでご挨拶代わりに数ある私の名曲の中から選りすぐりのこの曲をお送りしたいと思います。
大分県で生まれ育った私が詞を書いた江戸の歌!」
「ひ~ふ~み~よ~!」と威勢のよい掛け声から…
マニアでなくてもきっと知っている「花のお江戸は華盛り」。
野村さんも…
ヤッチンも「アラよっと!」と景気よく衛藤さんのサポートに回る。
曲は衛藤さんの熱唱を経てそのままドラム・ソロへ!
パワフルで鮮やかなスティックさばきを披露して…
「43周年…ア、めでてぇナァ~!」
衛藤さんをフィーチュアしたコーナーはこの後も続く。
(一部敬称略 2026年9月4日 KT Zepp Yokohamaにて撮影)